640diary... Update:Oct.03/2008

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ヒストリー(〜2000年)


自分で所有していなかった(できなかった)頃から少し前までのヒストリーをまとめました。
1.傍観時代(創世期)
自分が学生の頃、NECが初めて世に送り出した8086搭載の国内最強パソコン、PC-9801。RAMはなんと128KB。友人が苦労して手に入れた、本体と8色のデジタルカラーディスプレイにA4ドットインパクトプリンター、先進の5インチFDユニットで合計100万円もしていました。

2.会社使用時代(黎明期)
社会人になった1985年頃、会社で導入していたのは384KBのPC-9801E。LPレコードの様な8インチFDを使っていました。
翌年には国産CPU、V30を搭載したPC-9801VMに。インターネットのイの字も出ないこの頃、電電公社のオンライン電子計算「DEMOS」に接続するため、受話器をはめ込んで信号を受信する「カプラー」なる機器が幅を利かせていた時代。

1988年、前の職場を辞め、今の会社に独立後、初めて納入したパソコンは80286PC-9801VXでした。当時はこれが国内では最上位機種のひとつでしたが、実は米国では既に386マシンが全盛だと知ったときはショックでした。
日本電子計算(JIP)に接続するために購入した全二重1200bpsのモデムは、当時低価格機を唯一リリースしていたAIWA製でも5万円位はしていました。

その後、CADの導入に関連してハイレゾリューションモード対応機の386DX-20MHzマシン、PC-98RLi486DX-16MHzH98model80などを導入。
初めてRLを見たときは、その速さに驚いたのを今でも覚えています。

3.中古所有時代(途上期)
1992年、初めて自宅に購入したマシンは80286-16MHzの98互換機、EPSON PC-286VG(中古品)。MS−DOS用途がメインでしたが、遊び半分で買ったWindows3.0AはOSとしての機能は果たせず、初のWindows版ロータス1−2−3のR1.0Jも使い物にはなりませんでした。この頃は286マシンでWindowsを「動かす」ことに一生懸命だった様な・・・・。

SASIからSCSIへ移行し始めていたこの頃初めて買ったSCSIハードディスクは緑電子の40MBのものでしたが、当時定価は59,800円でした。1万円台で最新のIDEハードディスクが手に入る今は天国のようです。

そして初めて買ったグラフィックボードはI・OデータのGA-1024A。NECのノーマルモード用のモニターだったこともあり、800x480の変則解像度が表示の限界でした。ちなみにこの時の増設メモリはメルコ製のたった4MBの増設RAMボードを入れていましたが、それでも胸張ってました。

286VGはMS−DOSの知識と、ロータス1−2−3のマクロの習得には大いに活躍しましたが、苦労して設定したCPUアクセラレータにも限界を感じ、1993年、小細工なしでWindows3.1のセットアップが出来る80386DX-20MHzのNEC PC-9801DA5を中古で購入。時代はWindows3.1へとシフトしてきており、メモリを限界の13.6MBまで増設したDAは、DOS上での使用は文句ありませんでしたが、Windows上では決して実用的ではありませんでした。これも2度のCPUアップグレードを敢行し、騙し騙し使っていましたが、会社で使っていた1120x750の解像度表示のできるNECのハイレゾリューションモードがうらめしく、フラストレーションがどんどんたまっていきました。

そこで購入を決めたのは17インチマルチスキャンディスプレイ、αデータのACM-217でした。何故ACM-217かと言うと、当時は国産ブラウン管使用の機種では一番安かったから。それでもGA-1024Aでは1024x768で256色表示が限界でした。

4.新規購入時代(成長期)
そして94年、初めて新品購入したのがPC-9821XsS3-Vision864 VRAM2MB搭載のビデオは、1024x768ピクセルで16bitカラー表示が可能でした。16色や256色の世界から一気に6万5千色まで色数が増えたのには驚きましたが、1280x1024でのハイカラーを実現出来る環境が欲しくなって、Trident TGUi9660 DRAM4MB搭載のGA-DR4/98を手に入れました。今思えば、この頃までは、NECがまだ国内では圧倒的なシェアを誇ってました。
土木設計関連の専門ソフトが98MS−DOS版で発展してきた事もあって、NEC離れ出来ないでいたのは自分だけでは無かったのではないかと思います。
同時に、増設機器に関しては、98シリーズ関連周辺機器のサードパーティーとして成長してきた、IO・データやメルコといった国内メーカー以外の選択肢は、殆ど無かったと言えます。

5.AT互換機時代(転換期)
96年3月、価格やサポート体制に対する不満から、マシンのPC/AT互換機への買い換えを敢行。迷ったあげく、秋葉原のショップブランド、プロサイドのマシンにしました。理由は「安くてハイスペック」が欲しかったから。結果的に自分の選択は正解でした。
基本的にプロサイドのマシンは、言うなれば「組立済み自作機」。既に動く状態の自作マシンを授かったことに加え、プロサイドのキャッチコピー「蓋を開けるな等という野暮なことは言いません」という環境が、パソコンの仕組みを理解する上で非常に役立ちました。以後、会社に導入したマシンはすべて自作機となったのは言うまでもありません。

「安くてハイスペック」とはいえ、自分が購入したマシンは本体関係だけで40万円を超えました。
当初は、
 
種別 型番・仕様
CPU Intel Pentium166MHz
M/B Asustek PI-P55TP4(L2-Cache=PB256KB)
RAM EDO SIMM32MB
HDD Western Digital 1.6GB
VGA MGA Millennium WRAM=4MB
Sound Creative SB16 PnP/DV
CD-ROM GoldStar GCD-R542B x4
FDD TEAC 3Mode
SCSI Adaptec AHA2940

という構成でした。当時はこの上はIntel系ではPentium Proしか選択の余地はなく、かなり上位のスペックでしたが、今なら・・・・・。

その他、98シリーズ時代から買い増し、買い換えてしていた周辺機器は
 

種別 型番 備考
Scanner EPSON GT6500 WIN2 300x300dpi,専用パラレル
MO COPAL CS- M230PA 230MB MO,富士通ドライブ,SCSI
MIDI Synthe Roland GPPC-NA
→同 SC-55ST

354音色,同時発音数16,COM2
Modem OMRON ME1414B2
→同 MA2814

DATA28.8kbps, FAX14.4kbps,COM1
Printer EPSON MJ-1000
→同 MJ-900C
LPT1

以後、マウスポートの不良で、マザーボードをPI-P55T2P4(PB512KB)に無償交換して貰った以外は、特にハードウェア的なトラブルもなく、メモリ、HDDの増設やCPUの交換(MMX-200MHz)など、チビチビとグレードアップを重ねて、何とか3年2ヶ月使い続けました。

6.ちょっと前(成熟期)
99年5月、3年使っていたSocket7のマシンは、既に最新CPUには対応出来ず、グレードアップには大幅なパーツ交換が必要となっていました。
まず、ベースクロック100MHzのCPUに変更するためには、マザーボードの交換が必須。この時点で、AT電源のPCケースと72ピンのSIMMも"さようなら"でした。

結局、購入したパーツは、
 

種別 型番 備考
CPU Intel PentiumIII 450MHz PentiumII 400MHzとPentiumIII 500MHzとの価格の開きを考え、450MHzを買い時と判断しました
M/B AOpen AX6BC Pro 対応FSBはMax153MHzを筆頭に16通り、しかもクロックアップ派には嬉しいコア電圧の変更が可能。さらに、クロックの変更はBIOS設定画面から変更出来るジャンパレス設計
PC-Case FREEWAY FW-OTX-01 筐体は少し大きめだが、全面オープンも片側オープンもOKで、M/Bのマウントは引き出し式。電源は静音設計タイプを採用。そして、クロックアップユーザーを視野に入れて、前・背面に放熱換気ファンが標準で付いている配慮が嬉しい
RAM SDRAM DIMM (PC133) 128MB 割高だったが、133MHz時代を考慮してPC133対応を選択。しかし、今後の動向次第では意味を成さない可能性も......。

 

写真上:上段左にEPSON LP-700W,その横にEPSON GT-6500WIN2,下段にはLPT,COMの切替器,Copal CS-M230PA(縦置き)を挟んで両側にPCスピーカー。

写真左:PC本体とCRT(iiyama A701G),下にはEPSON MJ-900Cが見える。
 

1999年5月時点でのスペック

種別 型番 備考
CPU Intel PentiumIII 450MHz FSB129MHzで580MHz動作
M/B AOpen AX6BC Pro Intel 440BX
RAM 168-pin SDRAM(PC133) 128MB DIMM
IDE Quantum Fireball EX
Quantum Fireball TM
Creative INFRA
6.4GB HDD (Primary Master)
2.1GB HDD (Secondary Master)
x48 CD-ROM(Primary Slave)
PCI Creative Graphic Blastar
  to iiyama A701G

I・O DATA GV-VCP/PCI

RIVA TNT VRAM16MB,Video Card
17" Aperture Grill CRT,
(1920x1200 pixel 32bit Color)
Video Capture Card
ISA Creative SoundBlastar 16PnP/DV
EPSON GTATSPIF2
  to EPSON GT-6500WIN2
Sound Card
Parallel I/F-Board
300x300dpi, Flat-Bed Scanner
FDD TEAC 3Mode  
SCSI Adaptec AHA2940
Caravelle CD-RW6XFB
Copal CS-M230PA
SCSI-Card
CD-RW Readx6/Writex2
230MB MO-Drive
COM1 OMRON ME5614D 56kbps Modem
COM2 Roland SC-55ST MIDI Synthesizer
LPT1 EPSON MJ-900C
EPSON LP-700W
Printer1
Printer2

グラフィックカードは、PCIバス用のVRAM16MBをそのまま流用。AGP用の32MBがとても欲しい。


2000年4月。1月にダメ元で応募したEPSONのカラーイメージングコンテスト(年賀状コンテストデス)で、運良く大賞を受賞し、PDA端末のロカティオをゲット。超嬉しかったのですが、これはモバイルとは無縁の自分には宝の持ち腐れでした。
結局、ほぼ新品の状態で知人に譲り、これと、Yahooオークションで売ったLP-700Wの代金を元手にレーザープリンタとスキャナをLP-800SGT-7600Uに買い換えました。
2000年8月。まさかなぁ、と応募したEPSONのカラーイメージングコンテスト(暑中見舞いコンテストデス)で、今度は銀賞を受賞し、まさに狙い通りのPM-820Cをゲット。これまた超嬉しかったのですが、因みに調子に乗って2001年1月にも応募したら....世の中ナメてはいけません.....結果はご想像の通り。(^_^;)
(受賞した作品もそうでない作品もこちらを見てやってください)

2000年9月。新居が完成し、自分には2.25畳の書斎が当たりました!
PC関係を目一杯詰め込んだら、振り向くのもままならない状態に....。
また、同時にISDN化し、YAMAHAのルーターRTA52iを導入。カテゴリー5のLAN配線を書斎から3部屋に分配し、夢の家庭内LANを実現。
しかし、繋がっているのは子供部屋のサブ機との2台の間だけ....。
そうこうしている内にまたたく間にADSLの波が押し寄せて来ました。光(FTTH)の普及まで我慢できるかどうかが問題です。

2000年11月ころから2001年2月までの約4ヶ月掛けて、PCの大幅なグレードアップを図りました。しかし、限られた予算の中、買い換えは事実上不可能でしたので、何を優先するかが課題でした。4ヶ月チビチビとパーツを買い足していたのも、実はウチの財務大臣に対する"目くらまし作戦"でした。(^_^;)
最初はRAMの増設。ついでグラフィックカード。次にCPU。そして最後にCD−R/RWの交換。少しずつグレードアップして2002年12月まで使い続けました。

以降は「現在のメインマシン」のインラインフレームのコメントを参照してください。

 
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